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「業務委託契約」なんて契約はない

 IT業界で働く皆さんは、日々色々な種類の契約を結んでいます。その中で特に多い契約として、まずは秘密保持契約(NDA)ですよね。

 その次に多いのが、業務を発注する(受注者に何か作業をしてもらう)契約ではないでしょうか。この「業務を発注する契約」ですが、法律上は、一体どんな契約なのでしょうか。何かを買うなら「売買契約」、何かを借りるなら「賃貸借契約」、というのは誰でもわかると思いますが、はてさて?

 先に答えを言うと、「請負契約」か「準委任契約」か、どちらかの契約になるのが通常です。

(両方の要素をミックスした、非典型的な契約になる場合もありますが、話がややこしくなるので割愛します)

 ところで、業務の発注というと、「業務委託契約」という言葉がよく使われていますよね。先ほどの問いにも、「業務委託契約だ!」と思った人も多いのではないでしょうか。

 ですが、そのような種類の契約は、法律上は存在しないのです。業務委託は、請負と準委任の両方を指す、慣習的な言葉です。

 では、この請負と準委任は、どのような契約なのでしょうか。請負になると(準委任になると)、どんな良いこと(悪いこと)があって、発注側の場合、受注側の場合、どちらの種類のほうがいいのでしょうか。

 そこで、あまり知られていないけど、実は重要な請負と準委任の違いについて、今回解説します。

請負と準委任はこう違う

 まず、請負とは、受注者が「仕事を完成すること」を約束し、発注者がその仕事の結果に対して費用を支払う契約のことです。例えば、Webサイトで考えてみると、コーディング業務やデザイン業務、ライティング業務などは、通常は請負になります。

 一方で、準委任とは、受注者が「事務を処理すること」を約束し、発注者がその事務の処理に対して費用を支払う契約のことです。請負と違って、受注者には仕事の完成義務がありません。同じくWebサイトで考えてみると、SEO対策業務やコンサルティング業務は、通常は準委任になります。

 請負も準委任も、当然のことながら、きちんと仕事をする義務はあります。ですが、請負はそれにプラスして、仕事の完成までが契約上の義務になるのに対し、準委任はそこまでは契約上の義務にならない、ということです。

 準委任は、家庭教師をイメージすると分かりやすいでしょう(家庭教師契約も、基本的には準委任です)。家庭教師は、適切に指導を行わなければ(例えば、授業時間中に生徒とゲームや雑談ばかりしていれば)、事務を処理していないということで、契約違反になります。その一方で、家庭教師が適切に指導さえ行っていれば、結果がどうなろうとも(例えば、生徒の成績が上がらなかったり、志望校に合格しなかったとしても)、事務を処理しているといえるので、契約違反にはなりません。もちろん親は、成績の向上や志望校合格を期待して、家庭教師契約を結んだのでしょうが、その期待は、契約上の義務にまではなりません。

 どうでしょう。請負と準委任の違いが、なんとなく分かりましたか?

仕事の完成義務を負う請負と、負わない準委任

 では、業務を発注(受注)する契約を結ぶ場合に、この請負と準委任の違いが、具体的にどう関わってきて、どう問題になってくるのでしょうか。

 請負と準委任、その最大の違いは、受注者が「仕事の完成義務」を負うかどうかです。

 仕事の完成義務を負う請負では、発注者は、仕事が不完全だった場合、完成するまで修正作業を何度でも無償で行うよう請求できます。また、仕事が完成するまで、代金を支払う必要がありません。さらに、期限を過ぎても仕事が完成せず、それにより損害が生じれば、損害賠償を請求できます。その上、合理的期間内に修正作業が終わらなかったり、納期遅れによる支障が重大であれば、契約を解除できます。

 一方で、準委任には仕事の完成義務がありません。例えば、コンサルティング契約で、期待していた成果が上がらなかったとか、要件定義支援契約で、要件定義書が完成できなかったとか、そういう場合でも、準委任であれば、受注者は上記のような責任を負わないのです。

 だからこそ、多くの受注者は、なるべく準委任で業務を受注しようとします。また、システム開発契約を、一括請負契約ではなく、多段階契約で結ぶベンダーが多いのは、発注者の協力がなければ完成にこぎつけることができない要件定義などの業務について、準委任で受注したいからです。

 ここまで聞いて、準委任が随分と無責任な契約に思えてきたのではないでしょうか。とはいっても、準委任であれば結果に何も責任を負わない、というわけではありません。

準委任は無責任な契約ではない

 IT業界で準委任というと、マーケティング関連の契約がその典型例です。では、受注者が仕事の完成義務を負わないとなると、成果は何も保証されないのでしょうか。

 発注者としては、受注者から「この施策を打てば、アクセス数や問合せ数が上昇します!当社には、豊富な経験と実績があります!」と威勢のいいことをいわれたので発注したのに、後になって「準委任なのだから成果は保証できません。また次回頑張りましょう!」なんていわれたら、ふざけるなと思いますよね。

 この点は誤解をしている人が多いのですが、準委任だと何も保証されない、というわけではありません。準委任で受注者には、仕事の完成義務の代わりに、善良なる管理者の注意義務(略して「善管注意義務」といいます)があります。

 善管注意義務は、プロフェッショナルとして受注した以上は、その知識と経験に基づいて、通常期待されるレベルの業務をきちんと実施しなさい、という内容の義務です。そして、善管注意義務は契約上の義務ですので、これに違反すれば、受注者は法的な責任を負います。

 そのため、発注者としては、業務が(善管注意義務に従って)きちんと実施されるまでは、費用を支払う必要はありません。また、不適切な業務によって損害が生じれば、損害賠償を請求できます。その上、合理的期間内に業務が是正されなかったり、不適切の程度が重大であれば、契約を解除できます。

SEO対策の失敗の責任が争われた裁判

 この点をより理解するために、SEO契約で、この準委任での善管注意義務違反が真正面から争われた裁判の内容を紹介します。

 この裁判というのは、SEO対策の失敗(順位の大幅な低下)を理由に、発注者が受注者(Webマーケティング会社)に損害賠償を請求した事件で、私は、Webマーケティング会社を代理して戦いました。

 その裁判で、発注者側の弁護士は、「ブログを量産してバックリンクを貼るようなSEO対策は、Googleからペナルティを受ける可能性の高いブラックハットであり、善管注意義務に違反する。」と主張しました。これに対して私は、「当時のSEO業界では一般的な手法であり、Googleのペンギン・アップデートは予見できなかったので、善管注意義務には違反していない。」と反論しました。

 その結果、判決でも無事こちらの主張が全面的に認められて、発注者からの損害賠償請求は棄却されました。

 この裁判が意味することは、重要です。それは、「受注者は善管注意義務を負うが、これに違反したかどうか、発注者が判断することは難しい」、ということです。

 素人である発注者の方で、受注者がプロとしての業務を実施したのか、それとも不適切な業務だったのか、どう判断するのでしょうか。

(その判断ができる程度の知見があるなら、初めから外注せずに自社で対応しますよね)

 上で紹介した裁判でも、発注者側の弁護士は、受注者が善管注意義務に違反したと主張するための理由付けが、うまくできませんでした。問題となったSEO対策の実施時点で、ブログ量産型バックリンク方式が日本でもブラックハットになっていると業界内で認識されていた、ということを立証できなかったのです。

 このように、発注者としては、準委任の契約では、善管注意義務に頼っているだけでは、受注者がきちんとした業務を実施しなかった場合でも、責任を追求することが難しいのです。

準委任契約で受注者の責任を追求する方法

 そこで、善管注意義務に頼らなくても、受注者の責任を追求できるような契約のやり方を解説しましょう。

 私がマーケティング関連の契約について、発注者側から相談を受けた場合は、一つの対策を提案しています。それは、「目標数値をクリアすることを報酬の支払条件としたい」、と受注者に要請するという方法です。

 もちろん、「目標数値をクリアしないと報酬は一切支払わない」となれば、さすがに受注者としてもリスクが大きすぎるので、応じてはくれないでしょう。

 現実的な要請としては、

  1. 結果にかかわらず支払うミニマムの報酬
  2. 目標数値をクリアすることで支払うインセンティブの報酬

 というように、二段階の報酬にするのがよいでしょう。

 この要請に対して、受注者がどのような反応を示すかで、これまでの経験や実績が見えてきます。もし十分な経験や実績があるならば、今回の施策でどの程度の効果が生じるのか、ある程度予想を立てられるはずです。そのため、多少バッファを設けてくるにせよ、ミニマムの報酬額や目標数値について、具体的に検討してくれるでしょう。

 逆に、経験や実績が乏しく、効果がまるで予想できなかったり、あるいは、十分な経験はあるものの、肝心の実績がない(毎回さほど成果が上がっていない)のであれば、なんやかんやと言い訳をして、断ってくる(固定での報酬の支払を要求する)でしょう。

 とはいっても、断られた場合には発注してはいけない、ということではありません。私が言いたいのは、この要望を断られた場合は、いくら受注者が営業段階で威勢のいいことをいったとしても、蓋を開けてみないと効果は分からないし、もし効果がまるで生じななかったとしても、報酬はきっちりと支払わないといけない、ということです。そして、そのリスクを理解した上で、発注するかどう見極める必要がある、ということです。

 以上、業務委託契約について解説をしてきました。一口に「業務委託」といっても、契約の種類によって、受注者の義務が変わってくること、とくに準委任の場合は、成果が上がらなくても責任を追求しにくいこと、がよくわかったと思います。

 だからこそ、その案件にマッチして、かつ、契約相手にしっかりと責任を負わせられる内容の契約書を結ぶことが大事なのですね。

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