皆さん、今日も紙で契約を結んでいませんか?

 契約書を二部印刷して、両方に押印したうえ、送り状を付けて、返送用封筒を同封して、封筒に宛名書きをして封入して、取引先に郵送して、そして先方でも押印してもらって、控え1部を手元に残してもらい、1部を返送してもらう。このIT時代に、昔と変わらない手間と時間が無駄にかかるやり方で、契約を結んでいないでしょうか。
 ですが今、オンラインで契約を結ぶ企業が増えています。というのは、ここ最近オンラインで契約を結べるWebサービスがいくつかリリースされて、オンラインで簡単に契約を結べるようになっているのですね。
 実は私も、弁護士ドットコム株式会社が運営する「クラウドサイン」というサービスを利用して、顧問先と顧問契約書を結んでいます。

(導入事例インタビューにも出ています)
https://docs.cloudsign.jp/2016/06/01/first-law/

 とても便利なサービスなのでもっと広まればいいと思っているのですが、どうも皆さん、オンラインで契約を結ぶことに対して抵抗感があるようです。そこで今回は、オンラインで契約を結んでも法的に有効なの?何か気をつけなければいけないことはないの?といった疑問を、1つずつ解決していきたいと思います。

書面の契約書は必要?

 まず、そもそもの疑問として、契約の合意は書面でしなくても、法的に有効なのでしょうか?書面の契約書を結ばずに、契約は有効に成立するのでしょうか?
 結論から言うと、有効です。別にメールだろうと、メッセンジャーだろうと、口頭だろうと、契約を結ぶ合意さえすれば、法的に有効に契約は成立します。
 これは、「契約方式の自由」といいます。考えてみれば、コンビニで買い物するときだって、「売買契約」が結ばれているわけですが、レジに商品を持っていって会計をすることで、(別に書面の契約書なんて結ばずに)売買契約は成立して、売主であるコンビニは商品の引き渡しを行い、買主である客は代金の支払いを行う(契約を履行している)わけですよね。
 ただ、これは絶対ではありません。法律上、書面の契約書を結んだり、契約締結に際して書面の交付が必要とされている契約が、いくつかあります。
 例えば、投資信託契約の約款は、原則として書面の交付が必要です。

「投資信託及び投資法人に関する法律」
第5条(投資信託約款の内容等を記載した書面の交付)第1項
金融商品取引業者は、その締結する投資信託契約に係る受益証券を取得しようとする者に対して、当該投資信託契約に係る投資信託約款の内容その他内閣府令で定める事項を記載した【書面を交付しなければならない】。ただし、(以下略)

 また、一定の種類の(全部ではありません)定期借地契約は、書面で契約をしなければなりません。


「借地借家法」
第22条(定期借地権)
存続期間を五十年以上として借地権を設定する場合においては、(中略)こととする旨を定めることができる。この場合においては、その特約は、【公正証書による等書面によってしなければならない】。


 ですが、こういった法の定めは例外です。少なくとも、IT企業の皆さんが企業間取引で結ぶ契約のほぼ全ては、書面の契約書を結んだり、契約締結に際して書面を交付することは、必要とされていません。 というわけで、オンラインで契約を結ぶことに対する最初の疑問は、ひとまず解けたかと思います。そこで次に、オンラインで契約を結ぶメリットを解説していきます。

オンラインで契約を結ぶメリット

 一番のメリット、それは印紙がいらないことですね。
 印紙税法は、一定の種類の契約書(課税文書)に印紙を貼ることを求めていますが、これはあくまでも紙が対象です。電子データは課税文書にはあたりません。そして、オンラインで契約を結ぶサービスを利用した場合、契約書はあくまでも電子データ(PDF)で存在するものであり、紙の契約書は作成されません。つまり、印紙を貼る紙の契約書がそもそも存在しないわけですね。
 これでもう、この契約書には印紙を貼ることが必要か、いくらの印紙が必要か、なんて悩む必要もなく、地味に高い印紙の購入代を節約することもできます。
 ただ、注意しないといけないのは、契約書の電子データをプリントアウトする(紙にする)場合です。印紙税法では、契約の成立を証明する目的で作成された文書が課税対象とされており、単なる控えとするための写しは課税対象にはなりません。そして、オンラインで契約を結ぶサービスを利用した場合、契約書の原本はあくまでも電子データであり、これをプリントアウトしたものは、単なる控えとするための写しとして位置づけられるので、課税対象にはなりません。
 ですが、オンラインで契約を結ぶサービスは、まだそこまで普及しているわけでもなく、税務署の調査が入ったときに、「これは課税文書だから、印紙が必要だ。」と外形的に判断される(誤解される)心配があります。そのため、オンラインで契約を結ぶサービスを利用した場合、契約書の電子データはプリントアウトしない方がいいでしょう。
 そもそも、オンラインで契約を結ぶサービスのもう一つのメリットは、オンライン上で契約を管理して、いつ、どの契約を結んだのか、いつでも確認ができることにあります。それなのに、わざわざプリントアウトして紙で管理していたら、意味がないですよね。
 それでは、次はオンラインで契約を結ぶサービスを利用する場合の注意点を解説したいと思います。決して万能なサービスではないので、注意点は押さえておかないといけませんよ!

オンラインで契約を結ぶサービスを利用する場合の注意点

 それは、なんといっても「権限を持った人が契約を結んだのか」の確認です。

  • 担当者が会社内で然るべき決裁を得ずに勝手に契約を結んでいた・・・。
  • 今になって会社に不要になった契約を、当時の担当者(もう辞めてしまった)が勝手に結んだものだから無効だ、と話を覆された・・・。
  • 社内の権力闘争の結果、新たに主流派となった取締役が、力を失った取締役が進めていた契約を、勝手に結ばれたものだから無効だ、と話を覆された・・・。

 こういった「権限を持った人が契約を結んでいなかった(あるいは、そうだとでっち上げられた)」トラブルは、会社と契約を結ぶ場合に時たま問題になります。契約の手続きを相手方の会社の社長と進めていたら、こうはならないのですが(社長なんですから、当然に権限を持っています)、法人成りした企業や零細企業でもない限り、社長ではなく担当者レベルで契約の手続きが行われることが多いでしょう。そのため、オンラインで契約を結ぶサービスを利用する場合、そのサービスを利用した人に契約を結ぶ権限があったのかを、どうやって確認するかが問題になります。

 「でもその問題って、書面の契約書を結ぶ場合も同じでは?担当者が会社の印鑑を押した場合だって、その担当者に契約を結ぶ権限があったかどうか、後から問題になるのでは?」

 そう思ったあなたは、とても鋭いです。でも、書面の契約書を結ぶ場合は「二段の推定」という法理論によって、この問題は解決できるのですね。ややこしい話なので解説はしませんが、結論だけ言えば、「書面に押された印鑑が会社の印鑑であれば、その書面はその会社によって作成されたものと推定される」ことになります。

 「なんだ、だったらやっぱり書面で契約を結ぶべきではないか!」と思うのは、まだ早いです。オンラインで契約を結ぶサービスを利用する場合に、この問題をどうクリアするかについて、次に解説します。

この問題をどう解決するか

 まずいちばん確実なのは、「電子署名法」に準拠したサービスを利用することです。

 「電子署名法」は、オンラインで結ばれた契約であっても、「電子署名」が行われている場合には、書面の契約書に印鑑が押されているのと同様に、「その書面はその会社によって作成されたもの」という推定が働く制度を定めています。つまり、電子署名法に準拠したサービスを利用すれば、「権限を持った人が契約を結んだのか」の確認に関する問題を解決できるのですね。

「それは良かった!ということは、オンラインで契約を結ぶサービスは、どれも電子署名法に準拠しているよね?」と思うかもしれませんが、話はそう単純ではありません。

 というのは、電子署名法に準拠するためには、オンラインで契約を結ぶ当事者の双方が、電子署名法に定められた認証手続を行って、「電子署名」を発行してもらう必要があるのです。具体的には、双方が、印鑑証明書、登記簿謄本等の公的証明書類を、省庁により認証を受けた認証事業者に対して送付する必要があります。

 つまり、電子署名法に準拠したサービスは、そう気軽に利用できるものではないのですね。(自社はまだいいとして、相手方にも認証手続きを行ってもらうのは厄介です)そのため、(おそらくあえて)電子署名法に準拠していないサービスも多いです。

 では、やはりオンラインで契約を結ぶサービスは、まだまだ気軽に利用できる状況ではないのでしょうか?いえ、そんなことはありません。電子署名法に準拠していないサービスをどう活用するかについて、次に解説します。

電子署名法に準拠していないサービスをどう活用するか

 それは、ひとまず「権限を持った人が契約を結んだのか」が後から問題になりそうにない契約書を結ぶ際に利用するのです。

 たとえば、相手の社長など、然るべき権限者と打合せを重ねて、契約条件も合意できて、では契約書を結びましょうという段階になって、利用する場合はどうでしょう。あるいは、こちらも相手も、特に秘密情報を開示するわけではないけれども、取引を開始する前提として、社内ルールとして秘密保持契約書を取り交わさないといけない機械的な運用になっている中で、とりあえず取り交わす秘密保持契約書などはどうでしょう。

 このような、これまでの経緯から明らかに権限を持った人の承認がある場合や、重要度の低い契約書を結ぶ場合は、「権限を持った人が契約を結んだのか」が後から問題になりそうにないですね。別に、会社が契約書を結ぶ全ての場面で、オンラインで契約を結ぶサービスを利用する必要はありません。たとえ一部の契約書であっても、印紙がいらない、手間がかからない、管理が楽、というメリットを受けることができます。

 これはITサービスを導入する場合の全般に言える話なのですが、一気に丸ごと利用する(入れ替える)のではなく、まずはできる範囲から徐々に利用を進めて行くことで、現場の混乱も防げますし、効果検証ができて、ダメなら撤退もしやすいのですね。

 というわけで皆さんも、今回の記事を読んでオンラインで契約を結ぶサービスの利用に興味を持たれたら、まずは軽いところから利用を試してみてはと思います!