突然ですが皆さん、源泉徴収をしていますか?

 源泉徴収というと、会社が従業員に支払う給料から諸々の税金を差し引く制度だと、なんとなくイメージされています。ですが、源泉徴収というものは、なにも会社が従業員に支払う給料にだけ適用される制度ではありません。実は、会社がフリーランスに仕事を発注して報酬を支払う場合にも、この源泉徴収が必要になることがあるのです!

 ここで、源泉徴収という制度について、おさらいをしましょう。

 源泉徴収とは、給与・報酬等を支払う者が、給与・報酬等を支払う際に、そこから(給与・報酬等を受け取る者が納税義務を負う)所得税等を差し引いておき、別途まとめて(本人の代わりに)納付する制度です。なんでそんな制度があるかというと、国が税金の徴収を効率的・効果的に確保するためのものなのですね…。

 源泉徴収は、主に、個人に対しての支払が対象となります。

(法人に対しての支払は、馬主(である法人)に対して支払う競馬の賞金のみが対象です)

 このように、会社がフリーランスに仕事を発注して(フリーランス=個人に対して)報酬を支払う場合にも、一定の場合には源泉徴収が必要になります。

 注意しないといけないのは、フリーランスに対して支払う「あらゆる業務の報酬」が源泉徴収の対象になるわけではありません。対象となるのは、所得税法第204条1項1号〜8号に定められた8種類の業務に関する報酬だけです。

 この8種類(1〜8号)の業務の報酬、読んでみるとなかなか興味深いです。

(6号なんて、「キャバレー、ナイトクラブ、バーその他これらに類する施設でフロアにおいて客にダンスをさせ又は客に接待をして遊興若しくは飲食をさせるものにおいて客に侍してその接待をすることを業務とするホステスその他の者(以下この条において「ホステス等」という。)のその業務に関する報酬又は料金」と規定されています)

 ただ、IT業界に関係しそうなのは、1号に定められた業務の報酬くらいなのですね。

 具体的には、「原稿の報酬・挿絵の報酬・写真の報酬・作曲の報酬・デザインの報酬・著作権の使用料・講演の報酬・指導料・翻訳の報酬・校正の報酬」等です(所得税法第204条1項1号、所得税法施行令第320条1項、所得税法基本通達204-6~204-10)。

 ・・・これを見て、皆さんなにか気づかれましたか?そうです、実は、IT業界でフリーランスに仕事を発注する場合に、多くのケースでは、源泉徴収の対象にならないのです。

IT業界でフリーランスに発注する仕事は源泉徴収の対象にならない?

 それでは、IT業界でフリーランスに発注をする場合に、どういう業務の報酬であれば源泉徴収の対象になって、どういう業務の報酬だと対象にならないのか、見ていきましょう。

 実は、IT業界で発生する様々な業務の報酬は、源泉徴収の対象にはならないのですね。具体的には、要件定義・設計・プログラミング・ディレクション・コーディング・テスト等に関する報酬です。これらの業務は、所得税法第204条1項1号〜8号に定められた8種類の業務に該当しません。

 IT業界で、この8種類の業務に該当するものといったら、それこそ、

  • フリーライターに支払う原稿の報酬
  • フリーカメラマンに支払う写真の報酬
  • フリーデザイナーに支払うデザインの報酬
  • フリーエンジニアが開発した(その人が著作権を有する)プログラムの使用料

くらいでしょう。

 つまり、例えばフリーエンジニアに、著作権を買い取る形態で、Webサイト制作を発注した場合で、原稿と写真は発注者が用意したとなると、フリーエンジニアに支払う報酬の内、源泉徴収の対象になるのは、デザインの報酬分だけになるのですね。

(原稿と写真は、発注者が用意しているので、これに関しては報酬が発生しないからです)

 どうでしょう。源泉徴収の対象となる業務の報酬は、かなりややこしいことがわかりましたか。IT業界の皆さんがフリーランスに発注をする場合は、この点十分に注意してください。

源泉徴収の手続きはどうやるのか

 それでは、この源泉徴収は、具体的にどうやってやればいいのかについて、解説をします。

 まず、源泉徴収額の計算方法ですが、報酬の支払総額(※)が100万円以下(100万円ジャストも含みます)の場合は、支払総額に10.21%を乗じた金額が、源泉徴収の金額になります。なぜ10.21%という中途半端な金額かというと、所得税額が10%で、東日本大震災の復興特別所得税額が0.21%になるからです。

(※)源泉徴収の対象となる報酬の支払総額が、「業務の報酬」そのもの(税抜金額)なのか、それとも「そこに生じる消費税」も加算したもの(税込金額)かについても、注意が必要です。請求書で、「業務の報酬」と「そこに生じる消費税」が明確に分けられているのであれば(普通そうですが)、「業務の報酬」だけ(税抜金額)が、源泉徴収の対象となる支払総額となります。逆にいえば、これが明確に分けられていない金額設定であれば、「そこに生じる消費税」も加算したもの(税込金額)が、源泉徴収の対象となる支払総額となります。

 一方、支払総額が100万円を超える(100万円ジャストは含まれません)場合は、まず100万円分については10.21%を乗じて(つまり10万2100円になります。)、それを超える金額(支払総額マイナス100万円)については20.42%を乗じて(所得税額と復興特別所得税額が2倍になります。)、その2つを合算した金額が、源泉徴収の金額になります。

 ちょっとややこしいですが、10万2100円+(支払総額マイナス100万円)×20.42%、と計算すれば分かりやすいです。

 次に、納付の流れですが、原則として、報酬を支払った月の翌月10日までに、最寄りの金融機関又は管轄の税務署に納付することになります。その際に、「報酬・料金等の所得税徴収高計算書」という税務署で貰える用紙に必要な事項を記載して、納付と併せて提出することになります。

 ちなみに、期限までに納付をしなかった場合には、不納付加算税や延滞税などを負担する可能性がありますので、注意してください。不納付加算税は、原則として納付税額の10%になります!

 源泉徴収の制度は、ややこしいですね。そのため、フリーランスが源泉徴収のことを分からずに、源泉徴収分の金額を控除していない請求書を送ってきて、会社としてもそれに気づかずに、請求書の金額をそのまま支払ってしまうことがあります。

 その場合に、会社としてはどうすればいいのでしょうか?

源泉徴収分の金額を控除せずに報酬をフリーランスに支払ってしまった場合

 この場合、結論からいえば、報酬を支払う=源泉徴収を行う義務のある発注者は、源泉徴収を行わずに報酬を支払ってしまったとしても、源泉徴収分の税額を納付する義務を免れません。つまり、源泉徴収分の税額を回収するのは、発注者の責任となるのです。

 そのため、源泉徴収を行わずに報酬を支払ってしまった場合は、フリーランスに対して、源泉徴収分の税額を交付するよう求めるか、あるいは、次回の取引の際に、前回の源泉徴収分の税額も差し引く(相殺処理をする)必要があります。

 これは、フリーランスとの関係が良好であったり、継続的に発注をしているのであれば、特に問題はありません。ですが、喧嘩別れのような形になって契約が終わってしまった場合は、源泉徴収分の税額の回収が難しくなってしまいます。

 そのため、フリーランスに発注をする場合は、源泉徴収のし忘れには、くれぐれも注意する必要があります。そしてこの問題は、今流行りの「クラウドソーシング」を利用する場合には、特に注意が必要になるのです。

クラウドソーシングの場合に源泉徴収は必要?

 これまで、フリーランス相手に発注した場合の報酬の源泉徴収について解説してきましたが、クラウドソーシングを利用してフリーランス相手に発注する場合は、特に注意が必要になります。

 クラウドソーシングでは、発注者と受注者が一期一会の関係になることが多いため、発注者が報酬を支払わないリスクがあり、その対策として、「エスクロー」の仕組みが採用されていることが多いです。

 エスクローとは、発注者が、中立的な立場に立つエスクローサービサー(クラウドソーシングの場合は、クラウドソーシングサービスの運営会社)に対し、まず先に報酬を支払い、それを受注者が確認できた時点で、発注者に対し、納入を行い、それをサービサーが確認できた時点で、受注者に対し、発注者から支払われた報酬を引き渡す、という仕組みです。

 発注者としては、納入が行われなければ、サービサーから報酬を返還してもらえますし、受注者としても、納入を行いさえすれば、サービサーから報酬を引き渡してもらえるので、双方安心して、契約を遂行することができます。クラウドソーシングサービス大手も各社、このエスクローを採用しています。

 では、クラウドソーシングを利用してフリーランス相手に発注する場合、このエスクローとの関係で、誰が源泉徴収を行うことになるのでしょうか。フリーランスに報酬を引き渡すのは、(エスクローにより)クラウドソーシンサービスの運営会社なので、彼らが源泉徴収を行ってくれるのでしょうか。

 結論からいえば、違います。源泉徴収を行うのは、あくまでも発注者です。というのは、基本的に運営会社は、発注者と受注者が直接契約をする場(マッチングの機会)を提供するだけ、というスタンスです。

 つまり、受注者に対して(法的な意味で)報酬を支払う立場にあるのは、あくまでも発注者です。運営会社は、エスクローサービスとして、発注者が(法的な意味で)受注者に支払う報酬を運営会社に支払ってもらい、それを受注者に引き渡しているだけなのです。

 例えば、コンビニの収納代行を利用して電気代が支払われた場合に、電力会社に電気代を引き渡すのはコンビニですが、電気代を支払っているのは、あくまでも利用者個人というわけです。

 そうなると、クラウドソーシングを利用してフリーランス相手に発注する場合は、毎回発注者が源泉徴収を行わなければいけないことになるのでしょうか?実は、必ずしもそうではないのです。

報酬5万円以下のコンペ方式なら源泉徴収は不要?

 クラウドソーシングを利用していると、なんとなく、契約相手はクラウドソーシング運営会社な気がしてきて、「会社相手に発注をしているので、源泉徴収は不要」と思いがちですが、上で解説したとおり、そんなことはないのです。

 実際、クラウドソーシング大手の「ランサーズ」のウェブサイトを見ても、以下のように説明されています。

「ランサーズは、クライアントとランサーが直接取引する仕事のマーケットプレイスのため、ランサーズがクライアントからランサーに支払った報酬を源泉徴収することはできない仕組みとさせていただいております。ランサーズでやり取りされる仕事のほとんどは源泉徴収する必要のないものとされておりますが、万が一、源泉徴収が必要とされる仕事を、日本国内の法人が、日本国内の個人に対して依頼する場合は、クライアント側で源泉徴収が必要になります。」

 ここで気になるのは、

「ランサーズでやり取りされる仕事のほとんどは源泉徴収する必要のないものとされております」

 という説明です。なぜそのようなことになるのでしょうか。

 この点について参考になりそうなのが、所得税法基本通達204-10です。この通達は、源泉徴収の対象となる業務(フリーライターに支払う原稿の報酬、フリーカメラマンに支払う写真の報酬、フリーデザイナーに支払うデザインの報酬など)に関して、

「懸賞応募作品等の入選者に支払う賞金等で、その人に対して1回に支払う金額が少額(概ね5万円以下)の場合は、源泉徴収をしなくて構わない」

としています。

 そして、(ランサーズに限らず)大手のクラウドソーシングでよく利用されている「コンペ方式」(発注者からの依頼に対して複数の提案を集める方式)によるロゴやイラストの発注では、依頼金額の相場が2〜5万円程度といわれています。また、例えば依頼金額を5万円超に設定したとしても、良い提案が複数あったので複数当選にすれば、1位の人に支払う報酬が5万円以下ということもありえます。

 そうなると、コンペ方式を、「懸賞応募作品等の入選者に支払う賞金等」と法的に構成すれば、源泉徴収が必要になる取引はそんなに多くはない、ということになりそうです。

 ただ、これはあくまでも私の個人的な見解であり、正確性は保証できません。それに、そもそもコンペ方式が、所得税法基本通達204-10でいう「懸賞」に該当するのか、ちょっとよく分からないところです(どちらかというと、相見積もりに近いような…)。

 いずれにせよ、5万円を超える報酬でクラウドソーシングを利用している会社は、発注相手がフリーランスの場合、源泉徴収が後から問題になるリスクがあるということに注意してください。

 源泉徴収はややこしい制度ですが、不納付加算税を課せられることのないように、しっかり対応してください!