突然ですが皆さん、請求書に判子を押して取引先に送付していますか?

 毎月毎月、締め日になると、請求書を作成して印刷して誤記チェックをして、それが済んだらまた印刷して、そしてそれに判子を押して封書して郵送する、という面倒な作業をしていないでしょうか。中には、判子を押した請求書をスキャンしてPDFにしてメールに添付して送信することで、封書して郵送する作業をカットしている人もいるかもしれませんが、いずれにせよ面倒な作業ですよね(なぜ一度物質にする)。

 そこで最近は、クラウド請求書システムを使って請求書の作成から送信まで簡単に済ませる人が増えています。かくいう当事務所も、株式会社マネーフォワードが提供している「MFクラウド請求書」というサービスを利用しています。

(サイトに導入事例として掲載されています)

https://biz.moneyforward.com/case/invoice/02015/

 ですが、こういったクラウド請求システムを使ってデータ(PDF)の請求書を送信すると、「判子を押した原本を送ってください」と言ってくる企業が、少なからずいるのですね。そのせいで、今日も多くの企業の請求担当者、フリーランスの方が、請求書にせっせと判子を押しているわけですが、そもそも、請求書に判子を押す必要があるのでしょうか?法律で決まった義務なのでしょうか?

 そこで今回は、皆さん面倒くさいなと思いながらやっている請求書に判子を押すことの意味、必要性を解説したいと思います。

人はなぜ判子を押すのか

 そもそも、人はなぜ、書面に判子を押すのでしょうか?何やら哲学的な質問っぽくなりましたが、これは単純な話、本人がその書面を作成したことを証明するためですね。

 日本は判子社会なので、きちんとした文書には、署名(自筆でのサイン)と押印(判子を押す)がセットになっていることが普通です。では、他の国もそうなのかというと、これは皆さんも知っているとおり、欧米なんかですとサイン社会なので、契約書だろうとなんだろうと、サインだけで済ませるのが一般的です。

 それにしても、判子なんて、他人に勝手に使われたり、スキャンしてプリントされたりすれば、簡単になりすましができるのではないでしょうか?本人がその書面を作成したことの証明に、どこまで役立つんでしょうか?

 この疑問については、判子はきちんと管理されているはずなので、他人は簡単には使えないし、プリントしたら、押し跡がないのでばれるだろう、ということになっています。

 とはいえ、今流行りの3Dプリンターで複製されたらどうなるのでしょうか。確かにそれならなりすましもできるでしょう。ですが、実印だとそうはいきません。

そもそも実印って何?

 実印とは、公的に登録・届出した判子のことです。個人も会社も登録・届出をすることができて、その判子がその個人・会社のものだということを公的に証明してもらえます。

 どういう風に証明するかというと、役場に申請すれば、「印鑑証明書」を発行してもらえるのですね。印鑑証明書には印影(判子の押し跡)が印刷されているので、この印影と合致する押印は本人・代表者の判子(実印)で押されたものだ、ということがわかるわけです。

 もし判子を3Dプリンターなどで複製しても、印鑑証明書までは複製できません。また、本人・代表者に無断で印鑑証明書を入手することは、手続き的に極めて難しいです。

 もしかしたら、皆さんの中には、印鑑登録なんてしたことない、実印なんて持っていない、という人もいるかもしれません。ですが、不動産の売買や登記、遺産分割協議書の作成などには、実印と印鑑証明書が必要になります。いざという時に慌てないように、今のうちから印鑑登録はしておいたほうが良いでしょう。手続も簡単で、役場に行けば、直ぐにできますし、手数料も数百円です。なお、会社の場合は、会社設立に際して印鑑届出が必要になるので、実印がないということはありえません。

なぜ書面に判子を押さないといけないのか

 さて、これまでの解説だと、その必要性がいまいち分からない判子ですが、実は法律上、判子がなければ効力が認められない書面もありますし、判子を義務付けられている書面もあります。

 例えば、自分の財産をどう相続させるかについて決めるときに、一番ポピュラーなやり方は「自筆証書遺言」を作ることですが、この自筆証書遺言は、押印がないと無効なのですね。

(民法第968条第1項)

「自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに【印】を押さなければならない。」

 あとは、身近なところだと、一定の種類の契約書や、5万円以上の領収書には、印紙を貼る義務があるのですが、印紙の再使用防止のため、貼った印紙の上から消印を押す(又は署名する)義務があります。

(印紙税法施行令第5条)

「課税文書の作成者は、法第八条第二項の規定により印紙を消す場合には、自己又は(中略)の【印章】又は署名で消さなければならない。」

 他にも、特に裁判で問題になるのが「二段の推定」という法理論でして、ややこしい話なので解説はしませんが、結論だけ言えば、「書面に押された判子が本人・会社の判子であれば、その書面はその本人・会社によって作成されたものと推定される」ことになります。そうなると、相手の方が「その文書は偽造だ」と証明しないといけなくなります。

(民事訴訟法第228条第4項)

「私文書は、本人又はその代理人の署名又は【押印】があるときは、真正に成立したものと推定する。」

 他にも、一定の種類の文書を偽造すると、文書偽造罪という犯罪になります、判子のない文書と、判子のある文書では、罪の重さが全然違ってきます。

 このように、日本の法律では、判子がかなり重要なものとして位置づけられているのですね。そうなると、ここまで話を聞いた皆さんは、「だったら請求書には判子が必要なのか」と思うかもしれません。ですが、ここまで判子の重要性を説明してきてなんですが、基本的には、請求書に判子は必要ないのです。

請求書に判子は必要ない

 というわけで、判子の重要性は説明してきましたが、今回はいよいよ、請求書に判子が必要かについて解説をします。

 先に結論から言うと、必要ではありません。請求書は、判子がなくても法的効力は認められますし、別に判子が法的に義務付けられてもいません。

 とは言え、さきほど説明したように、判子には「二段の推定」という効果があるので、請求書が本物か偽造か争いになった時に役立つから、やっぱり請求書に判子は必要なのでは?と思うかもしれません。

 ですが、請求書が本物か偽造かが争いになるケースって、どれだけあるのでしょうか。普通に取引関係にある会社同士で、きちんと作業を実施して/作業が実施されたことを確認して、いつものように月末締め、翌月払で担当者から請求書を送って/担当者宛に請求書を送って、というだけなら、そんな問題が起きる可能性は低いでしょう。

 業種や案件の内容、金額、取引先によって、トラブルが滅多に起きないケースの場合にまで、一律に機械的に、判子を押した請求書をやり取りするのはどうなんだろう、本当に必要だと思われるケースだけ、判子を押せば良いのではと思います。

 冒頭で紹介したように、当事務所では、オンライン請求書送信システムのMFクラウド請求書を使っていて、請求書データをクライアントに送信しています。一応、MFクラウド請求書には印影登録機能があるので、スキャンした印影が請求書データ上に表示されてはいますが、もちろんのこと、実際に判子が押されているわけではありません。

 そして、当事務所のクライアントには上場企業が数多く存在していますが、クライアントからは、「判子を押した請求書を郵送して下さい。」とは言われていません。顧問法律事務所からの毎月定額の顧問料の請求書に関して、本物か偽造かなんて、争いになるとは考えにくいですしね。

 というわけで、今回の記事では、請求書の判子の必要性から始まり、日本の法律における判子の位置づけから、合理的なビジネスのあり方まで、だいぶ話が広がりました。今回の記事をきっかけに、皆さんのビジネスでも、それは法的に本当に必要なことなのか、どんな法的な効力があるのか、どうすれば合理的なビジネスを実現できるのか、いろいろ考えてもらえればと思います。