新型コロナウイルスの感染拡大により、テレワークを採用する会社が増えました。この原稿を執筆時点で第3波が到来し、第2波の収束に安堵していったんはテレワークを中断した会社も、テレワークを再開せざるを得ない状態となりつつあります。

テレワークが長引く中で問題になりつつあるのが、社員がテレワークをする際に生じるインターネット回線費用(通信費)を誰が負担するのか、という点です。

2020年3月の緊急事態宣言時には、とにかくすぐにでもテレワークを始めざるをえず、なし崩し的に社員が通信費を負担する(家に引いているインターネット回線を利用したり、個人のスマートフォンでテザリングをする)ことで済ませていた会社も多かったようです。ですがこうもテレワークが長引くと、徐々に社員からも不満の声が上がってきているでしょう。

では、テレワークの通信費は、社員が負担しないといけないものなのでしょうか。それとも、会社が負担すべきものなのでしょうか。

 

就業規則で判断

この点について法律がどう定めているかというと、実は、テレワークの通信費を会社と社員のどちらが負担すべきか、直接定めた法律はありません。そのため、会社と社員のどちらが負担するのかは、会社と社員との間で結ばれる「労働契約」の中で合意される事項になります。

では、労働契約の内容がどこに定められている(どこを見ればわかる)かというと、雇用契約書や就業規則に定められています。とはいえ、業務で生じる費用の負担のような細かい話は、雇用契約書ではなく、通常は就業規則に定められています。

ただ、問題なのが、テレワークの通信費の費用負担に関する話まで就業規則に定められている会社は、ほとんどありません。コロナ禍の以前は、テレワークは例外的な働き方であり、採用している会社は非常に少なかったため、テレワークに関する話を定めるという意識がなかったからです。

では、就業規則に定めがない場合、テレワークの通信費を会社と社員のどちらが負担することになるのでしょうか。

 

社員が同意する場合は社員が負担

まず、会社が社員に対して、通信費の費用負担を求めて、社員がそれに同意するのであれば、社員が負担することで合意されたことになります。

インターネット回線を使い放題の定額制でプロバイダと契約してプライベートでインターネットを利用している家庭も多く、そのような社員からすれば実質的に費用負担が増えるわけではないので、反発は少ないでしょう。実際、多くの会社がこのように処理していると思います(きちんと社員と話をして明確に同意をもらっているかはさておき…)。

しかし、例えば家庭にインターネット回線を引いていないため、テレワークをするためには個人のスマートフォンでテザリングをしないといけない(ギガを消費する)社員や、インターネット回線を使った分だけ通信費がかかる従量制でプロバイダと契約している社員が費用負担を拒んだ場合、どうなるのでしょうか。

 

会社と社員の合理的な意思解釈で判断

その場合は、テレワークを採用した際の、会社と社員の合理的な意思解釈で判断されることになります。

とはいえこれはなかなかに難しい問題です。例えば、メールと添付ファイルの送受信、時たまのビデオ会議くらいであれば、通信費もさほどの金額にはならないでしょう。毎月の通信費の中で業務に関係する分の算出(現実的には困難でしょう)や、費用の精算に要する手間を考えれば、社員負担とするのが合理的な意思解釈といえそうです。一方で、大容量ファイルの送受信が頻繁に行われたり、常時ビデオ会議が行われるなど、通信費がある程度の金額になるのであれば、そうはいえなさそうです。

また、どのような経緯でテレワークが行われるのかも関係するでしょう。例えば、感染拡大が収束していたり、勤務上の感染リスクが低いのに、社員の希望でテレワークが行われるのであれば、社員負担とするのが合理的な意思解釈といえそうです。

このように、いざ会社と社員との間で通信費の費用負担について議論になった場合に、就業規則に取り決めがないと、合理的意思解釈というあやふやな物で判断せざるを得なくなってしまいます。

 

厚生労働省も注意喚起

この問題について、厚生労働省が作成した「テレワークにおける適切な労務管理のためのガイドライン」(https://www.mhlw.go.jp/content/000553510.pdf)の中でも、

 「テレワークに要する通信費、情報通信機器等の費用負担等、テレワークを行うことによって生じる費用については、労使のどちらが負担するか、あらかじめ労使で十分に話し合いましょう。トラブルを避けるためには、就業規則等において定めておくことが望まれます。」

 と指摘されています。

 

就業規則の変更が望ましい

というわけで、会社の立場として、社員に負担をしてもらいたいのであれば、就業規則を変更して、そのように定める必要があります。例えば以下のような規定です。

「在宅勤務に伴って発生する水道光熱費及び通信費は、在宅勤務者の負担とする。」

なお、会社によっては、一定額の手当を支払うことで、社員の負担を補うケースもあります。そのような場合は、以下のように規定することになります。

「在宅勤務に伴って発生する水道光熱費及び通信費のうち、業務負担分として毎月月額◯円を支給する。」

 

割増賃金(残業代)の計算に注意

ただし、定額の手当を支払う場合には、その手当は割増賃金(残業代)の算定基礎に参入しないといけないので(※)、注意して下さい。

(※)法律上、割増賃金の算定基礎に参入しなくて良い手当は、①家族手当、②通勤手当、③別居手当、④子女教育手当、⑤住宅手当、⑥臨時に支払われた賃金、⑦1ヶ月を超える期間ごとに支払われる賃金、の7種類のみに限定されています。

 

就業規則の変更方法

なお、就業規則の変更にあたっては、(1)社員に変更後の就業規則を周知させること、(2)就業規則の変更が社員の受ける不利益の程度などを勘案して合理的なことが必要です。

そして、テレワークの通信費を社員に負担させることは、確かに社員にとって不利益とはいえますが、通常の業務利用で生じる通信費はさほどの金額にならないこと、インターネット回線を使い放題の定額制でプロバイダと契約している家庭が多いこと(実質的に費用負担が増えるケースは多くないこと)、業務に関係する分の通信費の算定が困難であること(プライベート利用分と混在するため)や、費用の精算に要する手間などを考えれば、不利益の程度は大きくなく、就業規則の変更は合理的といえる場合が多いでしょう。

というわけで、テレワークの通信費をめぐる問題で社員とトラブルになる前に、就業規則を変更することをおすすめします。