裁判で勝てば、債権が回収できる?

 ここ最近私は、不景気が原因なのか、取引先が代金を支払ってくれず、債権回収に悩む企業の皆様から、債権回収の相談を受けることが増えています。「売上なくして利益なし、回収なくして売上なし。」という言葉があるように、いくら営業が頑張って売上をあげても、債権を回収できなければ、結局利益はあがりません。

 大手企業と取引をしているようなIT企業であれば、債権回収に悩むことは、それほどないかもしれません。しかし、中小企業と取引をするようなIT企業ですと、債権回収案件は、やはり定期的に発生してしまうと思います。

 さて、多くの会社は、債権回収について、ある「勘違い」をしています。それは、「裁判で勝訴判決を受ければ債権を回収できる」という勘違いです。

 「何を言っているの!?裁判で判決を受ければ、当然に債権を回収できるでしょ!?」と思うかもしれませんが、残念ながら違います。 確かに、判決を受ければ、大人しく払ってくるのが普通です。ところが、実は、判決を受けたところで、相手はそれを無視できてしまうのです。

 というのは、判決を無視して払わなかったところで、何か刑事罰を受けるわけでもありませんし、強制収容所で労働させられることもできません。また、裁判所が、相手の財産を調べて回収してくれるわけでもありませんし、肩代わりして払ってくれるわけでもありません。

 そう、債権回収の世界で「最強の盾」は、「お金がありません」の一言なのですね。

 「いやいやちょっと待ってくれ。お金が本当にないなら仕方ないけど、お金がある相手でも、判決を無視できちゃうの!?」というと、もちろん、そんな事は許されません。判決を無視して払わない相手に対しては、「執行」という手段があります。

 執行とは、相手方の持っている不動産などを差し押さえて競売にかけて、その売却代金から回収したり、銀行口座を差し押さえる、裁判とはまた別の手続きです(手続きは、裁判所で行いますが)。

 ですが、残念ながらこの執行を回避する方法さえもあるのです。

裁判で勝っても、債権を回収できない?

 意外と知られていないことですが、執行をするためには、訴える側で、差し押さえる財産を、「きちんと」特定する必要があります。

 不動産であれば、登記を取り寄せて、地番や家屋番号まで特定しなければいけません。銀行口座であれば、銀行と支店まで特定しなければいけません。つまり、相手の持っている財産の情報があやふやだと、執行しようがないのです。

 そのため、初めから執行を回避しようとする相手は、事務所や自宅を賃貸にしていたり、取引用と資金保管用とで、銀行口座を使い分けています。

 これは有名な話なので、知っている人も多いかもしれませんが、2ちゃんねるの元管理人に対しては、色々と裁判が起こされていますが、元管理人は、一切裁判に出ること無く、ことごとく敗訴しているそうです。ところが、誰も元管理人の財産がどこにあるか分からないので、いくら裁判で勝っても、債権回収(執行)ができないそうです。

 それでは、何とか相手の財産が特定できれば、執行ができるのでしょうか。いえいえ、ここでも、執行を回避する方法があるのです。

 こちらが把握している不動産を、いつの間にか、無関係な他人に売却されたらどうでしょう?こちらが把握している銀行口座から、相手が全額引き下ろしたらどうでしょう?

 不動産や銀行口座は、その場から動かすことはできません。しかし、ひとたび現金になってしまえば、その行方は誰にも分からないのです。あとに残るのは、他人名義の不動産(執行できません)や、空っぽの銀行口座だけ。。。

 ここまで読んだ皆さんは、「そんな非道がまかり通るのか!?」と、腹が立っていると思います。

 もちろん、こんな方法は許されません。刑法には、「強制執行妨害罪」という罪があり、強制執行を回避するために、財産を隠したりする行為は、犯罪になるのです。

 ですが、実際に強制執行妨害罪で摘発されるのは、暴力団が絡むような事件や、大規模な経済事件などです。中小企業間の債権回収事件では、警察もいちいち相手にしてくれません。

 「それなら、財産を隠されてしまうと、全て終わりなのか?」というと、このような卑怯な方法に対抗する手段が、実はあるのです。

絶対に債権を回収する方法

 その方法とは、こちらが製品(サービス)を提供する前に、「先払い」で代金を受け取ればいいのです。

 「ここまで引っ張っておいて、何だそれは!」と怒らないで下さいね。コロンブスの卵も、確かそんな話でした。

 多くの企業が当たり前のように、「月末締め翌月末払い」といった、後払いの契約にしていますが、法律上、代金の支払い時期は、いつだって構わないのです。それなら、ダメ元で、先払いの交渉をしてみてもいいと思います。先払いの場合にはディスカウントをする、といったプランであれば、相手も応じてくれるのではないでしょうか(ディスカウント分は、与信管理コストと考えれば良いのです)。

 そうは言っても、始めから債権を踏み倒そうとしているような相手だと、先払いにも応じてくれないでしょう。それでは、そのような相手にはどうすればいいのでしょうか?

 それは、「仮差押」という方法を使うのです。

 皆さん、「差押」という言葉自体は知っていると思いますが、正確な意味は、あまりわかっていないですよね。

 差押には、「執行」(判決などに基づいて行う手続き)としての差押と、特に判決などがなくてもできる仮差押の、二つがあります。仮差押は、その名のとおり「仮」の手続きなので、あくまでも、相手がその財産を処分することを制限するだけです(これが、執行としての差押だと、そのまま債権回収に充てることができます)。

 仮差押をすれば、上で解説したように、せっかく判決を受けたのに、その間に財産を処分されてしまった!という事態を防ぐことができるのです。

 仮差押は、裁判所に申し立てると、早ければその日の内に決定が出て、翌日には差し押さえの通知が発送されます。債権回収がトラブルになりそうだったら、パパっと仮差押をするのも、一つの手です。

 では、仮差押をしようにも、あるいは、判決を得て執行しようにも、相手の財産が特定できない場合は、どうすればいいのでしょうか?

 そこで、普段からの財産情報の把握が重要になるのです。例えば、社長がFacebookで高級外車を自慢していたり、別荘に行ったことを投稿していた場合。それらは、節税のために会社名義の可能性があります。また、何気ない会話の中で、メインバンクがどこか聞いておけば、あとは本社の近くにある支店に口座があるのではないか、と当たりをつけることができます。メインバンクをサイトの「取引先」に掲載している場合もありますしね。

 というわけで、「売上なくして利益なし。回収なくして売上なし。」という格言を肝に銘じて、皆さんも債権回収を頑張ってください!