副業の解禁は時代の流れ

今、「働き方改革」という言葉を目にしない、耳にしない日はないと言うほど、働き方改革が叫ばれています。

日本は今や、少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少、長時間労働による心身への負担、育児や介護との両立などの働き方のニーズの多様化、といった問題に直面しています。

それを解決するためには、働く人それぞれの意思や能力、置かれた事情に応じた、柔軟で多様な働き方を選択できる社会を実現しよう、それによって、ワークライフバランスを実現したり、生産性を向上したり、イノベーションを起こしやすくしよう、というのが働き方改革の目指すものになります。

そんな働き方改革の中で特に注目を集めているのは、「副業の解禁、推進」です。

副業は、働く人にとっては、やりたい仕事を通じた自己実現、スキルアップ、キャリア形成、収入の増加などの様々なメリットがあり、まさに働き方改革の目指す方向とマッチしています。

ところが、これまで多くの企業では、社員の副業を認めていませんでした。

副業に時間や労力を割かれることで自社の業務がおろそかになるのではないか、副業先への情報漏洩のリスクがあるのではないか、といった懸念から、副業を認めるという発想がない企業が大部分だったのです。

そのため、少し古い2014年の調査(※)ですが、副業を認めていない企業が約85%、推進していないが容認している企業が約15%とのことでした。

(※)出典:中小企業庁委託事業 「平成26年度兼業・副業に係る取組実態調査事業」

ですが、時代は変わりました。

政府は、2017年3月28日に決定した「働き方改革実行計画」の中で副業の推進を掲げており、これを受けて厚生労働省は、「柔軟な働き方に関する検討会」を設置して副業推進の検討を進め、2018年1月に「副業・兼業の推進に関するガイドライン」を公表しました。

「副業・兼業の推進に関するガイドライン」

このように、働き方改革の一環として、今や副業の解禁は時代の流れなのです。

ちなみに、当弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所では、私、藤井の妻が広報・PRスタッフとして活躍していますが、実はこれは副業なのですね。

妻の本業はIT企業のマーケティングスタッフでして、まさに副業OKな企業で働いているのです。

というわけで、今回の記事では、副業を解禁するにあたって気をつけないといけない法的な問題を解説していきたいと思います!

副業は法律で禁止されていないけど、就業規則で禁止されている

まず、そもそもの前提として、副業は法律で禁止されているのでしょうか。

ほとんどの企業の就業規則には、社員が守るべき事項の一つとして、「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」と定められています。この規定によって副業が禁止されているのですが、このような規定が定められているのには、何かしらの法的理由があるのではと思うかもしれません。

ですが、副業を禁止する法律は存在しないのです。

それなら、ほとんどの企業の就業規則で副業が禁止されているのは一体なぜなのだ、と思いますよね。

その原因は、厚生労働省にあります。

そもそも、常時10人以上の従業員を使用する(※)使用者は、労働基準法により、就業規則を作成して労働基準監督署長に届け出なければなりません。

(※常時10人以上の従業員を使用していなくても、就業規則を作成することは可能ですし、労働トラブルを防ぐためにも、就業規則は作成しておいたほうが良いです)

ただ、皆が自力で就業規則をゼロベースで作成できるわけはないので、厚生労働省は「モデル就業規則」を作成して、参考例として、厚生労働省のウェブサイトで公表しています。

(モデル就業規則について)

ところが、このモデル就業規則の中に、まさしく「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」という副業禁止の規定があったのです。

そして、多くの企業の就業規則は、モデル就業規則を参考に作られています。

そのため、モデル就業規則(の副業禁止規定)が結果として、多くの企業が副業を認めない社会を作り上げている側面がありました。

ですが、時代は変わりました。

厚生労働省の「柔軟な働き方に関する検討会」は、2017年12月25日に新たなモデル就業規則案(「モデル就業規則改定(案)(副業・兼業部分)」)を公表し、それを受けて2018年1月にモデル就業規則が改定されました。

厚生労働省が公表した新しいモデル就業規則

まずは現物を見たほうが早いので、以下に引用します。

(見やすいように、ナンバリングの仕方をちょっと変えています)

第67条(副業・兼業)

1 労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる。

2 労働者は、前項の業務に従事するにあたっては、事前に、会社に所定の届出を行うものとする。

3 第1項の業務に従事することにより、次の各号のいずれかに該当する場合には、会社は、これを禁止又は制限することができる。

 (1) 労務提供上の支障がある場合

 (2) 企業秘密が漏洩する場合

 (3) 会社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合

 (4) 競業により、企業の利益を害する場合

では、順番に内容を見ていきましょう。

まず1項ですが、副業は自由である(社員が勤務時間以外の時間をどう利用するかは社員の自由である)ことが明示されています。

次に2項ですが、副業を認める場合、それが本業に支障をきたしたり、企業秘密の漏洩を招くものでないか等を確認するため、事前に届出を行わせるようにしています。

そして3項ですが、一定の場合には社員の副業を制限することが、裁判例でも認められています。その、裁判例でも認められているケースが列挙されています。

どうでしょう、シンプルですがわかりやすい内容になっていますね。

では、就業規則をこのように変更すれば、直ぐにでも副業は解禁してOKなのでしょうか?

実は、副業解禁には法的なリスクがあるのです。しかもそれは、会社側、社員側、双方にとってものです。

労働時間の合算ルール

1つ目の法的リスクは、労働時間の合算ルールです。

労働時間の合算ルールとは、労働者がいくつかの会社で働く場合でも、労働時間は合算して計算するということです。そのため、ある人が複数の会社で1日8時間(といった所定労働時間)を超えて働けば、残業代(時間外割増手当)が発生することになります。

例えば、日中は本業のA社で8時間働き、夕方以降に副業のB社で3時間働いた場合、B社では8時間を超えてからの労働になるので、わずか3時間しか働いていないのに、その3時間全てに残業代は発生することになってしまいます。B社としては、想定外のコストになりますね。

しかも、現実にB社が、その人のA社での労働時間を把握するのは難しいです。本人の自己申告に頼ると、本当かどうかわかりませんし、A社と情報共有をするとなると、それもまた面倒です。

そのため、残念ながら現状、このあたりを曖昧にして(そもそも問題点すら把握せずに)処理しているケースも少なくないようです。皆さんの会社では、大丈夫でしょうか?

この労働時間の合算ルールは、心身に悪影響を及ぼす長時間労働を防ぐという側面もありますが、これだけ副業が増えている今の時代にそぐわないのではないか、という議論もあるところです。

そのため、日経新聞の2017年11月27日の報道によれば、厚労省は、労働時間の合算ルールの見直しについて、労働関係法制に詳しい学者らでつくる会議で2018年に検討を始める予定で、労働基準法を改正する可能性を考えながら労使を交えて議論をし、早ければ2020年の国会に法案を出し、2021年に仕組みを変える予定だそうです。だいぶ先の話のようですね。

労災保険

2つ目の法的リスクは、労災保険です。

まず、労災保険という制度ですが、会社は、(それが労働者にとって本業だろうと副業だろうと)労働者を雇用していれば、原則として労災保険に加入する義務があり、労働者が勤務中や通勤中に事故で怪我したり病気になった場合に、保険金が給付される制度です。

ただ、労災保険の給付額は、労災が発生した就業先の賃金をベースに算定されます。

つまり、副業をしている場合に、本業のA社の月給が35万円、副業のB社の月給が5万円だった場合で、B社で勤務中に労災が発生して休業することになった場合、B社の月給5万円をベースに80%を乗じた金額(4万円)が給付されることになります。A社とB社を合算した金額(40万円)ではありませんし、月給が高い方のA社でもありません。

また、本業・副業の勤務場所間の移動中に起こった労災は、移動の終点である勤務場所で働くために行われる通勤だと考えられるので、移動の終点である勤務場所の労災保険で処理されます。

つまり、上の例でいうと、A社での日中の勤務が終わったので、夕方以降にB社で働くために移動中に事故に遭って休業することになった場合、B社の月給(5万円)をベースに給付額が算定されることになってしまいます(A社での勤務が終わった後にそのまま帰宅していれば、帰宅中の事故はA社の労災保険で処理されたのですが)。

「そんな労災なんて、そうそう起きないでしょ。」と思うかもしれませんが、地震や大雨などの自然災害で複数の死傷者が生じることは、珍しくないですよね。

それに、副業をすれば、それだけトータルの労働時間が長くなり、過重労働になりえます。

結果として、メンタルヘルスを損ない、うつ病などの精神障害を発症してしまうこともあるでしょう。特に、IT業界ではメンタルヘルスを損なう人が多いように思います。

ですが、その場合に、本業と副業のどちらの業務が原因で労災が発生したか(精神障害が発症したか)、判断するのも困難です。

どうでしょう。副業の解禁、推進といっても、会社側、社員側、それぞれ厄介な問題があるな、と躊躇してしまったでしょうか。

ですが、これらのリスクを(完全ではないにせよ)回避する方法があるのです。

雇用契約ではなく、業務委託契約で副業をする

その方法というのは、副業を雇用契約ではなく、業務委託契約でやるのです。

つまり、副業先で社員として働くのではなく、フリーランス(個人事業主)として働くのですね。

フリーランスとして働く分には、「労働時間」という概念がないので、労働時間の合算ルールの問題は生じません。

そのため、会社としては、予想外の残業代が発生することはありませんし、副業をする人としても、会社間で労働時間を共有してもらう必要もありません。

では、労災保険の問題はどうでしょうか。

フリーランスとして働くなら、働く場所は概ね自由になります(特にIT関係の仕事なら、自宅でできる仕事も多いでしょう)。

となると、副業先のオフィスに行く頻度も少ないので、出社or退社中に事故に遭う可能性も低くなります。

つまり、上で解説した、本業の勤務終了後に副業先のオフィスに移動中に事故にあった場合に副業の賃金をベースに労災保険の給付額が決定されてしまう、という問題も生じにくくなります。

また、働く時間が長くなり心身を害する可能性がある、という問題についても、業務内容ベースや成果ベースのフリーランスなら、働く時間はコントロールできます。

つまり、やるべき業務をやりさえすれば、あるいは、成果を出しさえすれば、働く時間はいくらでも短くできる、ということです。

日本の会社で長時間労働やストレスが問題になっているのは、皆が長時間労働をしている中で自分だけ早く切り上げることができないという同調圧力や、成果ではなく労働時間の長さでしか貢献をアピールできない評価制度の不十分さ、転職が難しいために社内の理不尽や嫌な人間関係に耐え続けなければいけないという雇用流動性の低さが、主な原因です。

しかし、特定の分野でスキルを持ったプロフェッショナルとして、取引先を自ら選んで、業務内容ベースや成果ベースのフリーランスとして働くのであれば、このような問題からも解放されます。

アメリカでは、2020年には働く人の半数がフリーランスになると言われています。

日本でも今後は、社員として会社に滅私奉公するのではなく、フリーランスとして自由に働くことが一般的になっていくでしょう。

そして、フリーランスとして複数のクライアントと取引するのが当たり前になれば、「本業と副業」という言葉自体も、なくなっていくかもしれません。